水琴窟

今、施工させていただいているE様邸では、水琴窟を作りました。

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もともと施工場所の近くに転がっていた水瓶(醤油などを入れていたものらしい)を発見。厚みも十分、焼きも堅く、水を垂らすと柔らかな金属的な共鳴音が出ました。

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この水瓶に少し手を加え、土中に埋設します。その際、直接水瓶を土に埋設すると共鳴音がどもってしまうので、まず井戸枠を埋設し、その中に水瓶を入れます。井戸枠と水瓶の間にはグリ石を入れて、水瓶を固定します。こうすることで、水瓶とそれを固定するものとの接触面積が少なくなって、共鳴音に影響が少なくなります。

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井戸枠のふたに穴をあけて、井戸枠を閉じます。ふたの穴は水瓶の口の位置にあけてあります。

今回はシンプルに手水鉢として石臼(これも施主様のお庭にあったもの)を井戸枠のふたの上に設置しました。ここから水を供給して水琴窟を鳴らします。

水琴窟で重要になるのは、水瓶そのもの質、排水などの水瓶の加工、そして水の滴り具合と音の取り出し方です。

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ふたの穴から塩ビ管(VU)を挿入し水瓶の口に装着しました。ちょうどぴったりはまります。これは集水をしやすくするためです。

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水瓶の口に、シュロ縄にアルミの針金を巻き付けたものを取り付け、水瓶の中央に水を誘導します。こうすることで、水瓶の側面を伝ってしまう水を、水滴として水瓶内部に落とすことができます。この細工もポイントになります。

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水瓶の口に近接して竹筒をセットして、これを使って共鳴音を聞きます。竹筒なしでも共鳴音は聞こえるのですが、竹筒を通して聞いた方がより深みがあります。

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最後に表面にグリ石を敷き詰めて完了です。このグリ石の敷き詰め方にも一工夫を加えると、水瓶への集水量を調節でき、共鳴音を出す時間を長くしたり短くしたりができます。

水が滴り落ちて生じる不規則な音色は、何とも言えない心地よさがありますね。日本人の繊細な自然の楽しみ方に改めて感嘆します。

ローストチキン

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本日のメインディッシュ!ローストチキン!!

妻と二人で1匹丸ごと食べました。(ゲプッ)

ローズマリーたっぷり。

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内蔵が入っていた部分には、スタッフィングが詰まっています。さいの目に切ったタマネギとニンジン、ほぐしたシメジ、洗った米をオリーブオイルで炒めたものがスタッフィング。炒めるときにローズマリー、タイム、オレガノとニンジンの葉を入れると香りが良いです。お米が麦などに替わっても美味しいのかもしれないですね。アレンジはいろいろできそう。

ローズマリーは丸鶏の表面にこすりつけてから焼いています。

チキンと一緒にジャガイモをオーブンに入れるとこんがりカリカリになって美味です。

ローズマリーが効いて、中はジューシー、外はカリカリ。鶏のいろいろな部位が食べれて本当に美味しいです。肉体疲労時にこれを食べると、翌朝に体が軽くなったように感じます。良質のタンパク質とローズマリー等々の効果でしょうか・・・?

親友、高知にやってきた!

ウィズレーガーデンの研修で同期だった親友のGuy Jones が奥さんを連れて高知にやってきてくれました。わーい。

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年越しを親戚のいるニュージーランドで過ごし、その帰り道に北海道でスキーして高知にやってきました。うらやましい。

2泊3日と短い間でしたが、ウィズレーでお互いに切磋琢磨し語り合った日々を思い出しながら、今回もいろいろなことを語り合うことができました。双方の夫婦がウィズレーにいたときからの知り合いなので、いろいろな話が弾みました。

彼はウィズレーでの研修が終わってからすぐに独立してガーデンデザインと施工の仕事を始めました。彼の仕事は彼のホームページ (Emotive Landscapes) で知ることができます。写真もきれいで、博学ですね。

お互いのやりたいこと、やるべきこと、目指すもの。それぞれに共通項があって、励みになりました。

またいつか、今度はイギリスで会おうねと言って別れました。

近い将来、彼と仕事できる日がくると信じています。

2012年、ありがとう。その3

個人のお庭のプランニング、施工もさせていただきました。

その一例がO様のお庭。新築のお宅で、建築の引き渡し直前にお話をいただきました。外構工事(フェンス、ブロック塀、駐車場など)は建築業者さんの方で施工されておりました。

お庭は自分たちで作っていきたいというご要望をいただき、とくにご主人は家庭菜園をやりたいとのことでした。

そこで、将来的な植栽のイメージとプランを提案させていただきました。そして、必要最低限の外構工事(レンガ施工、レイズドベッド設置など)と客土による土壌改良、基本的な植栽を行いました。砂利を敷き詰めるなどの作業は施主様がお時間を見つけて進めていくとのことでした。このような半DIY型のスタイルは今後増えるかもしれません。

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とくに大苗での植栽のご希望がなかったので、比較的小さめの苗木を植栽し、今後数年でその環境に適応して見合った形になるようにしています。大きな苗木を植えるよりかは、この方法の方が生長の度合いを実感しやすいですし、費用的にも抑えられます。

家庭菜園については、腰の負担を考えて、木製のレイズドベッドを制作しました。地上から25センチほど高くするだけですが、これだけでぐっと作業性が良くなります。また、レイズドベッド分の土壌はすべて客土になるため、良質な土で栽培ができます。排水も良くなりますね。

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ほかにもお庭のお手入れ、カンランやフウランの植え替え作業のお手伝いをさせていただいたり、盆栽棚を設置させていただくなど2012年は多様な仕事をさせていただきました。

皆様ありがとうございました!

そして2013年もよろしくお願いいたします。

2012年、ありがとう。その2

2012年を振り返っておりますが、その2のトピックは11月に開催されたフラワーウィークというイベントのお話を。
このイベントは高知駅南側の土佐てらすで行われたものです。
高知市葛島の花屋さん「花工房 四季」のフラワーデザイナー、安岡眞子さんが総合プロデューサーを務められました。
安岡さんからお声かけいただいて、私は屋外に小さなデモガーデンを3つデザイン・制作させていただきました。
関連して外回りその他の部分も担当させていただきました。

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3つのデモガーデンに共通していたのは、廃材をオブジェとして使用することでした。この発想の根元には「異なる視点の探求」というような主題があったと思います。「廃材」ではなく純粋な「物」として置き換えて捉え、さらにそのユニークな形状や質感、性質を利用してみよう、という思惑が根底にありました。視点を変えれば新しいことが生まれるのではないか、固定された観念を壊せるのではないかという発想です。
廃材はそのままだと廃棄物のイメージが強すぎるので、廃材を組み合わせてオブジェを製作しました。
実際に植物と廃材オブジェを組み合わせてみると、廃材に新たな価値が出てきました。また、植物の個性が一段と強まったと思います。
実際のガーデンではなかなかデザインすることの無いような組み合わせですが、このような新鮮で思い切った発想はこれからの活動において大切にしていきたいです。
製作にあたり、Mさん、Oくん、Hくんが快く仕事を引き受けてすばらしい作業をしていただきました。ありがとうございました。
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期間中の週末4日間でハイドロカルチャーを使った観葉植物の寄せ植え園芸教室も開催しました。
高知県産の炭を使った「ネオコール」というハイドロカルチャー向け用土を使用しました。このネオコールは県内の東洋電化工業さんが製造しています。
園芸教室の客足は、宣伝不足もあってまずまずでした。それでも何度も参加してくださるお客様もいらっしゃって、ありがとうございました。やはり、宣伝は重要ですね。
園芸教室のサポートをしてくださったSさんとそのお姉さんに感謝です。

2012年、ありがとう。その1

気づけば2012年ももう年の瀬。

いやはや、ブログの更新がずいぶんと滞っておりました。その分、仕事に恵まれていたわけです。

更新できなかった間も、ブログに載せるつもりで仕事を撮り貯めてきたので、ここで紹介してみようと思います。

まずは、9月に実施した高木の樹上剪定。

下の写真中央の高木はイヌマキの古木です。樹高はおよそ13mほど。

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太い幹が2本見えますが、そのうちの左側の内部が、上から地上3mくらいまで腐れていました。

数年前に実施した剪定がだいぶ手荒だったようで、頂端の幹を太い位置で心止めしたために枯れ込みが進んだようです。

かなりぐらついていて倒れる危険性がありました。

隣家に近く、とくに台風が接近していたこともあり、もしも倒れた場合は大変です。

古い樹でクライアント様の思い入れが強く、できる限り残したいとの要望がありました。

そこで、健全な右側を残して、倒れる危険性のある左側の幹を剪定することにしました。

このような高木の剪定では、安全面から高所作業車が使えるならばそれを使うに越したことはありません。

しかし、今回のケースでは車両の入れるスペースが無いため、ロープとハーネスを使って人が木に登って作業することになりました。

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このロープとハーネスを使った作業を樹上作業といい、ヨーロッパやアメリカではこの作業を専門の一つとするアーボリスト (Arborist)という職業があります。私はウィズレーガーデンで技術を修得してきました。アーボリストの技術を持った人は日本ではまだまだ少ないですね。

 

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樹上作業の剪定では、専用のアップハンドルチェーンソーを使います。今回のように周囲が構造物や植栽に囲まれている場所では、高所で切った枝や幹をロープを使っておろしていきます。そのため、細かく切っておろす作業を繰り返します。とくに根本に近づくにつれて幹が太くなるので、より細かく切っていきます。

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剪定後、切り口などに癒合剤を塗布しておきました。この癒合剤の使用については賛否が分かれていますが、今回のケースでは使用することにしました。
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今回は台風が接近していたので、迅速な作業が求められました。
それでも安全には十分に注意する必要があります。

今回の高所剪定作業で、クライアント様の懸案を解決するお手伝いができました。とても立派なイヌマキ、大切にしていきたいですね。

ハーブティー

コーヒーにミルクを入れたカフェオレを愛飲するが、あまり飲み過ぎると飽きてくる。すると、紅茶に切り替わるのだが、これにもミルクを入れて飲むから、やはり飽きてくる。そこで、ハーブティーを飲む。

マグカップに入れたミントの芽。

お湯を注いでできあがり。いい香りが・・・。

庭に出てハーブをつまんでマグカップに放り込み、お湯を注ぐ。簡単だ。庭にはクールミント、オーデコロンミント、オレンジミント、キャンディミント、チョコレートミントなどのミント類と、レモンバーム、タイム、オレガノ、バジル類、ゼラニウム、レモングラス、ローズマリー、シソなどハーブと呼ばれるものは結構ある。その中でお気に入りは、レモンバームとオレンジミント、キャンディミントは2芽ずつ、クールミント、ステビアは1芽ずつつまみ、一緒にカップに放り込んでフレッシュハーブティーにする。クールミントは入れすぎると、ミントガムやフリスクみたいになってしまうので、少しだけ、ステビアも入れすぎると甘くなって苦みも出てくるのでこれも少し。

ハーブティーなんて、妻に会わなければ縁遠かったものの一つだと思う。こんな強烈な匂いのするもの、飲めたもんじゃないと思っていた。しかし、イギリスで妻が飲んでいたのが、モロッカンミントのお茶だった。これをおいしそうに飲んでいる彼女の姿を見て、自分でも飲んでみたくなった。こっそり彼女の畑からモロッカンミントの芽を摘み取って持ち帰り、お湯を入れて飲んでみた。「あぁ、やっぱり。」これは強烈だなぁ、と思いながらすすり続けていると、不思議なことにやみつきになってくるではないか。シトラスとミントの香りの中にほんのり甘みと苦みが感じられた。それ以降、ちょくちょく彼女の畑に行ってはこっそりモロッカンミントの芽とレモンバームの芽を摘み取り、ハーブティーにして飲んでいた。 レモンバームはミント類よりも飲みやすく、レモンに似た香りは元気をくれる。

モロッカンミントと呼んでいたけれど、有名なモロッコのミントティーに使うミントらしい。日本ではそんな名前のミントに出合ったことがない。もしかしたらオレンジミントとか別の名前で出ているのかもしれない。でも、ミントを同定するって形態的に特徴的なものじゃない限り難しいだろうな。ミントはとにかくいろんなミントがあるから、色々と集めてお茶にしてみたら楽しそうだ。

ミントに限らずハーブは庭に植えておいたら楽しい。草むしりしながらおしりがハーブにぶつかるとふわっと香が漂って、感覚が刺激される。スイートバジルなんかが香ってくると、ピザやパスタが脳裏に浮かんで作業に集中できなくなることもあるから、気をつけないと。

 

セミの声

日中はまだ日差しが強く、熱いと感じる時があるものの、朝晩は肌寒くなってきた。

今週はほとんどアトリエ詰めで、事務処理やウェブのアップ、チラシ作成、調査、プランニングシートを作ったり図面を引いて、ああではないこうではないと独りブツブツ言ったりする仕事が多かった。

週の前半に近所で水道管の工事があって、窓を開けているとけっこうノイズが多かった。その工事も3日間ほど続き、一昨日には終了したようで静かになった。夕方にはきれいな鳥の声が聞こえてきて、はっとさせてくれる。

昨晩からプランニングや発想の源に、雑誌 Gardens Illustrated のバックナンバーを見返してきた。今朝は空気が澄んでいて、薄雲がかかっているのか、日差しはやわらかい。この空気感と遠くの方で聞こえた航空機のノイズ、そして今見ている雑誌の写真。ふと、2年間住んだ Wisley の光景がフラッシュバックしてきた。心地いいな、と夢想していると、ふと気づいた。セミの声がしない、と。イギリスにはセミがいなかった。だから、夏の間は気候も空気感も日本の5月や10月くらいの感覚で、心地よかった。

セミの声は、日本の夏を象徴づけるものの一つだと思う。天気予報ではまだ真夏日が報じられているが、朝夕にセミの声も湿った空気もほとんど無くなったここ高知は、もう秋が始まった。

セミの声がなくなると、どこか哀愁じみてくる。夏の間に暑くて休んでいた植物を見ると、ぐぐっと動き始めている。しかし、その動きは、初夏の頃のように透明感のある生命力あふれた動きではない。これから始まる冬に備えて養分の備蓄や種子を作ったりするための動きだ。春から夏の間に一層たくましくなった枝葉には、傷や虫喰いのあとが見られる。その枝葉で、養分をつくったり、花を懸命に咲かせて、冬に備え、次の春に備えているのである。植物は自然が何千何万回も繰り返してきた時の移ろいに身を任せ、それに順応し巧みに生きて、次の時間へとつないでいるのだと実感する。

虫の音を楽しむ文化は、時の移ろいを楽しみ充実した時間の感覚を提供してくれると思う。アブラゼミやクマゼミ、ヒグラシは夏のイメージを特徴付けてくれる。 スズムシやカンタンの鳴き声はなんとも雅で、秋の始まりを気づかせてくれる。

自然の営みに意識を向けて自然の変化を感じることは、カレンダーや時計が教えてくれるような人が決めた時間ではない。人間が生き物として自然の中の一部として暮らしているのだという、大きなことを感じさせてくれる。自然の一員であることを感じることは、自然の営みという大きな流れの中に存在することの実感であり、生きることへの励ましのようにも感じる。このような自然の時間の変化を感じられることが、日々の中で感じられる幸せの一つだと思う。

このような感覚を大切にしながら、ガーデンを作っていきたいと改めて思うのであった。

秋のガーデンメンテナンス

9月に入り朝晩はすっかり涼しくなりました。うっかり窓を開けたままで眠ってしまうと風邪をひきそうです。

Horti-planner では秋のガーデンメンテナンスをお請けしております。

夏の間に枝を伸ばした常緑樹の刈り込みや仕立て直し、除草や草刈り、植栽の植え替えなど、この時期のお庭のお手入れをお任せください。

単発の作業もお請けいたしますので、まずはご相談くださいね。

また、冬になると落葉樹の植え付け適期になります。ガーデンの骨格を作る落葉樹を植栽するチャンス。そのためにも今からガーデンプランニングを立てることをオススメします。こちらもご遠慮なくご相談ください。

一人になって気づくこと

今、妻が実家に帰省している。

ついに夫に愛想が尽きたか、という訳ではない(と信じたい)。実家のお店の手伝いに行っているのだ。夏季休暇の消化も兼ねている。

私も一緒に帰省しようと思っていたが、仕事と経済的な理由から、一人高知に残ることになった。

たかが一週間だが、一つ屋根の下で一人で過ごすというのは何年ぶりだろう。妻が出張でいないことがあったが、それを除けばウィズレーガーデン(Wisley Garden)での日々以来だから、3年ぶり。 でもその時はフラットと呼ばれるシェアハウスに同期の研修生と一緒に住んでいたので、正確には一つ屋根の下で一人だったわけではない。となれば、学生時代までさかのぼるのか。

妻が帰省して2日目の今日、気づけば学生の時と変わらない生活をしている気がする。仕事の時間は別として、食事、睡眠、風呂のリズムや内容が不規則になってきた。

特に食事は単調になる。先日送られてきたパンをモグモグ食べて、カフェオレかミルクティーを飲む。一日3食のうち、2食はこれで賄ってしまう。昨日はそれに加えて野菜炒めの残りを冷蔵庫で見つけてカンパーニュを主食にして食べた。今日の昼は、冷蔵庫に先日のパスタに使った残りの明太子が転がっていたから、これを焼いてお米を食べた。ついでに気を遣って野菜ジュースも飲んだ。夜はまたパンとカフェオレで済ました。

おいしいパンたち。

送られてきた「のはらぱん」さんのパンは種類があってとてもおいしいから飽きない。それにオーブンで焼けばいいのだから簡単においしく食べられる。お気に入りのピーナッツクリームもたっぷりある。

調理して洗い物をする「面倒くささ」と「食欲」を天秤にかけて、食欲が負けているのだと思う。一人で過ごすというのは、こういった体力と欲求の間で「行動の効率化」が行われていることにふと気づいた。調理したりするモチベーションが高まらない時は、多少食欲があっても、簡単な食事で済ますことが多い。金銭的に余裕があれば、外に食べに行くかもしれないが、外に出ることすら億劫になることもある。まさに、私が経験してきた学生生活そのものではないか。

なぜ妻と一緒に生活していると、学生時代のようなライフスタイルにならないのだろう?

妻がおいしい料理を作ってくれるときはありがたく食べる。二人で食卓を囲むわけだから、時間も規則正しくなる。私が料理する時は、彼女がおいしいと思えるものを作ろうとする。 これは「思いやり」というものではないか。

一人暮らしと大きく違う点は、この思いやる気持ちがあるかないかだと思う。 もちろん自分自身を客観的にとらえた時に思いやりというものが無いことはないが、自分の体であるから、その限界の加減がわかりやすい。しかし、他人の加減というのは、一様ではないし、その人との距離感によって把握しやすが変わっている。だから、他人と過ごす時は、できるだけ思いやりの気持ちを持つのだと思う。思いやりの気持ちが高まると、それは行動になってあらわれる。

言い換えれば、人は思いやる人に突き動かされているのだ。「あの人のためにデザートを用意しておいたら、喜んでくれるかな」、「あの子は調子が悪そうだから、おいしい料理で喜ばせてあげたい」などは、相手を思いやっているから行動となるのである。相手との距離が近ければ、思いやりは愛情になって、より持続的な行動力になるのだろう。

しかしながら、よりによって愛情というものは時に薄れることがある。人の心というのは器用ではないから、あっちに気が取られ、こっちに気が取られているうちに、愛情への意識が弱くなる時がある。

話はえらく長くなったけれど、一人暮らし2日目で、やはり妻といる生活がありがたいものだと感じた。そして愛情が薄くなっていないか、自分をたしなめたのであった。